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・『きっびす』木佐悠弛


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2014年02月13日(木)
【連載】きっびす(4)木佐悠弛「チョコっとだけでも(男性編)」

[・『きっびす』木佐悠弛]

【連載】きっびす(4) 木佐悠弛


チョコっとだけでも(男性編)


妹が旦那となにかいさかいがあったとかで、
ぼくの家に転がり込んできていた。
けれど、けさ帰っていった。
ようやくもどる決心がついたらしい。
妹の荷物がすっかりなくなった。
以前よりも部屋が広くなったような気がする。



ぼくは昼食をとりに、ブランコ通りのわきを入ってロージナ茶房へ入店した。
二階の角の席に案内される。
そういえば、この冬はまだドリアを食べていなかった。
チキンドリアを注文する。
ドリアなんてちょっと女性っぽいけど、気にしない。



しばらくして、学生と思われる女性店員が料理を運んできた。
制服はメイドさんのように見える。
レトロな雰囲気の店内によく合っていると思う。
はふはふ言いながら食べすすめた。

ぼくのなかで、冬のドリアは夏のそうめんくらいの位置づけだ。
時季のうちに一度は食べておきたい。



食事が終盤を迎えたころ、
ふたつ向こうのテーブルに座る主婦たちの会話がきこえてきた。
「まちチョコ食べた?」
「食べたわよお。ことしもかわいいデザインよねぇ」
「そうそう、くにニャンかわいいのよね」



……まちチョコ?
はじめてきいた。くにニャンがデザインされているということは、
国立で売られているチョコなのかもしれない。
市民として逃せない情報だ。



食べ終わって、すぐにスマホで検索をする。
【まちチョコ 国立】
でてきた。
これはたしかにかわいい。買ってみたくなった。
けれど、よく考えると、もうすぐバレンタインだ。
男がひとりでこの時季にチョコを買いにいくのはすこし抵抗があるな……。
そう思っていると、販売店舗が書かれているページをみつけた。
「じゃらんじゃらんの森」
その店名が目に入る。ギャラリー巡りが好きなことがきっかけで
この店にも何度か足を運んでいる。
旭通りをすすんだところにあり、あまり目立ちはしない。
一階はギャラリースペース、二階は週末限定で絵本カフェになる。
一階も曜日ごとにパンの販売をしたりカフェになったりと、

開かれる内容がことなるようだけど、
ぼくがはじめていったときにはオリジナルTシャツの販売をしていた。


それ以来、店員とは絵や本について話すようになった。
ここなら気がねなく買いにいける。
ぼくはロージナ茶房をあとにして、じゃらんじゃらんの森へ向かった。



こじんまりとした店内に似合った小さめの引き戸を開ける。
壁には絵がいくつも飾られている。
どうぶつをモチーフにしたものが多いようだ。
ほんわかとした印象をうける。
正面にはいつもの店員の女性がいた。
「いらっしゃいませ。いつもありがとうございます」
ぼくはかるく会釈をした。そして、ぐるっと店内を一周する。



「すてきな絵ですね」
絵をみながら店員に言った。
「そうでしょう。わたしも好きなんですよ、彼女の絵。
なんだか心があったまる感じがしてきて」
「ああ、わかります」
ぼくはしみじみと言う。
そのとき、階段からだれかが降りてくる音がきこえてきた。
視線を店の奥にある階段方面へ向ける。



女性と目が合った。
「あ、いらっしゃいませ。はじめてのかた……ですよね?」
と、その女性はぼくにたずねた。
「あ、ええと、このお店には何度か来たことがあります。
でもこちらの個展にははじめて来ました」
「そうだったんですね。いちげんさんはいらっしゃることがないので、
ありがとうございます。じっくりとごらんになってくださいね」
どうやら、この絵を書いた女性らしい。
女性のことばにうながされて、またぼくは絵をながめていく。
ぼくは気になる絵をみつけた。



「その絵、興味がおありですか? ずいぶん熱心にごらんになっていたので」
と女性はきいてきた。
ぼくは興味をもった絵に対しては、しばらく眺めてしまうくせがある。
きっと今回もそうしていたのだろう。
自分ではどれくらいの時間みていたのかわからない。
「そうですね。かわいいのに、すっと引き込まれていくような。
この絵のなかに、自分も登場しているような気分でした」



「そうおっしゃっていただけたのははじめてなので、とてもうれしい……」


それから女性とは、絵のことだけではなく、好きな小説や映画、
おすすめの喫茶店などについて話していた。
あたらしい客が入ってきた。ふと時計をみる。
ずいぶんと長く話してしまったみたいだ。
「じゃあ、そろそろ、ぼくは帰りますね。このポストカードを買っていきます」
目についた絵のポストカードを手に取る。
「ありがとうございます。また、ぜひいらしてください」
ぼくは店をでる。



旭通りをしばらく歩いていると、「あのー」という声がきこえてきた。
ふりかえると、さきほどの女性画家がいた。ちょっと息をきらしている。
「あの、来週末も個展やっているので、ぜひお時間があればいらしてください。

 明日もやっています」


「はい、ぜひ。とても気に入ったので、またあの絵をあの場所でみたいな、と思っていました」
「あ、ありがとうございます! それと……」
「……?」
女性は視線をさげて、なにか言いづらそうにしている。
ぼくはだまったままその様子をみつめる。



「それと、これ。もうすぐバレンタインデーなので。お店に売っているチョコです」
受け取ると、例のチョコレートだった。そうか、これを買いにいったんだった、と思い出した。
まさか、こんなふうにめぐってくるなんて。



「ありがとうございます。また、明日もうかがいますね」
そう言ってぼくは、旭通りをふたたび歩きはじめた。



ホワイトデーにはお返しをしよう。
また明日、ちょこっとだけでも話してみたい。



できれば、たくさん。





<作者プロフィール>
木佐悠弛 (きさゆうし)
国立市在住
アーティスト、と名乗ってみたい、宇宙の流浪人。
facebook フェイスブックページ
https://www.facebook.com/yushi.writer


イラスト: ACOBA
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