【連載】 風は吹いているか 第2話 千野龍也
『わたしと遊びなさい』
誰もいない広場のベンチに石塚陽子は座っていた。
国立はまずまずだ。
まずまずというよりも予想していたより遥かに良い。
今日はベンチに座る日と決めて部屋を出た。
ベンチに座るという行為は休日の小片としてのアイディアとしては間違っていない。
目的のベンチに誰か先に座っていればベンチは他にもあるし、
隣に座って少し話をするというのも悪くはない。
小さな広場は無人だった。
何処のベンチに座るかは彼女のまったく自由であった。
その中から決めていたベンチのひとつを選び、きっちり中央の位置に腰を深くして座った。
きっちりと真ん中だ。
何も持ってきていない。
飲み物を持ってこようか迷ったが、
飲むことを意識すると空への意識が薄くなってしまうのでやめた。
白い雲の輪郭部分をひとつひとつ丁寧に時間をかけて見ていく。
貴重な夏の休日。
それに応えるように雲はきっちりと夏の雲だった。
「おねえちゃん」
石塚陽子は雲を見るのを止め正面を見た。
そこにひとり瞳の強い女の子がいた。
「おねえちゃん」
「はい」
「おねえちゃん、暇でしょ?」
「あたり。暇よ。よくわかったわね」
彼女はしてやったりと少し意地悪っぽく微笑んだ。
「わたしと遊びなさい」
そのあまりに直接的な命令に石塚陽子はわっと声を出して笑った。
「あなたはとてもストレートに誘うのね。いいよ。何して遊ぼうか?」
「おにごっこ」
「鬼ごっこ?もう10年以上してないからうまくできる自信がないわ。10年?もっとね、15年かしら」
「じゃんけんして負けたほうが目をつぶって10数えるの。勝ったほうはどこかにかくれるの」
「かくれんぼ?」
「ちがう!見つけてもタッチしなきゃだめなの」
ひとしきり遊んだ。
予想外に楽しかった。
楽しかったと伝えられないまま、彼女は途中で居なくなってしまった。
私はふられたのだ。
私の鬼ごっこはあまりうまくなかったのかもしれない。
このベンチに座っていたら近いうちにまたあの子に会えるだろうか。
自分でも可笑しいが、強く会いたかった。
そうだ。部屋に帰ったら大島玲子に電話をしよう。
友達以上恋人未満の相方に。
会話はこうなるだろう。
「もしもし玲子」
「うん」
「今日の夜は暇でしょ?」
「失礼ね。だったらなに?」
「だったら・・・」
「だったらなにかしら」
「私と遊びなさい」
風が吹いている。
先ほどの青空が嘘のように空が暗くなってきた。
数分後には強い雨が降るだろう。
そうしたらあの建物に逃げよう。
雨が止むまで駄菓子をゆっくり見ていればよい。
すぐに雨は止むだろう。
遠くの方にさっきの女の子が走っているのが見えた。
なんだか既に懐かしかった。
幻のよう。
夏なのだ。
彼女は何を追いかけているのだろうか。
書いている人:千野龍也
もしかしたら国立はハードボイルドが似合う街なのではないか。
そんな仮説をくにたちハッピースポットさんに掌編で書かせていただけることになりました。
4〜5人ほどの世代の違う女性が肩で風を切って国立を歩きます。
一話完結の小さな小さな仮説です。
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風は吹いているか
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