【風は吹いているか 第5話】
『さくら通りを10往復 秋』 千野龍也
矢川上公園まで来て丹沢直美はUターンした。
ぎこちないUターンだが、自分の体重の傾け方と車輪の角度のコツが掴めてくれば少しずつだが滑るようなUターンができるはずだ。
さくら通りを10往復する。
中型が乗れる免許を取得した。
その記念に友人からほとんどタダ同然で買ったHONDA GB250クラブマン。
エンジンをかける瞬間にお祈りしてしまいそうな古いエンジン。
友人が大切に乗っていた。
そしてその友人は結婚を境にこのオートバイを手放した。
そして今朝、友人夫妻は軽トラックの荷台にオートバイを積んで、私の部屋まで運んでくれた。
「直美が乗ってくれるなら、このオートバイも喜ぶわ」
「そうだといいけど。きっと私は何度も転んで傷つけてしまうわ」
「大丈夫。もう貴方のものなんだから遠慮なく転んでいいのよ」
「私の人生みたいに?」
「卑下するのはやめなさい」
友人は笑った。
この人の笑顔は美しい。
「これから家に遊びに来る時は、このオートバイに乗って来てね。うちの旦那にメンテナンスをさせるわ」
「それは半分おのろけかしら」
二人は笑った。
彼女の笑い皺は美しい。直美は確信した。
初めて公道を走るのはさくら通りを10往復。
まずは、当初のプランを実行する。
そこから何処に行くかは、走っている間に決めればよい。
往復したら部屋に帰るのでもよい。まだ運転に慣れてはいない。
そんな弱気な気持ちも何処か頭の片隅にあった。
「国立インターから相模湖まで行ってみよう」
唐突に極端なアイディアが頭に浮かんだ。
相模湖なら距離感が分かる。
今日はさくら通りだけで慣らして家に帰るという安全な選択肢は、ヘルメットの遥か後方に過ぎ去り、中央高速を走るという自分でも驚いてしまうほど極端なアイディアに変わった。
今から往復しても間に合うはずだ。
10まで数えた。
多摩障害者福祉センターの信号を右に折れた。
交番の警察官と目があった。
谷保駅の手前を右に折れる。
南武線の踏切を渡り谷保天満宮に突き当たる。
甲州街道を左に折れる。
そして国立・府中インター入口。
自分はオートバイを操っている。
見つけてしまった。
結婚しない理由を見つけてしまった。
「オートバイに乗っている」
これはきちんとした理由として、有効なのではないか。
国立府中インターチェンジに入った。
ここから人は入れない。全ては風の中だ。
中央フリーウェイから右手に城山公園は見えるだろうか。
<書いている人>
千野龍也
さくら通りから国立府中インターに入るまでの短い物語。
その中に気持ちを込めて。
≪バックナンバー≫
【連載】短編連作小説「風は吹いているか」千野龍也
◎第1話 『30分で決められる』
http://ameblo.jp/kunitachihappyspot/entry-12180640222.html
◎第2話 『わたしと遊びなさい』
http://ameblo.jp/kunitachihappyspot/entry-12187524335.html
◎第3話 『9月になれば』
http://ameblo.jp/kunitachihappyspot/entry-12200072505.html
◎第4話 『ハッピースポット』
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