【新連載】風は吹いているか 第1話
30分で決められる
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駅を降りた。
初めて降りる駅だ。
降りるどころか通過することすらなかった自分にとっての新しい世界だ。
赤い三角屋根で眺めのいい風景は今はもうないという。
もちろん見たことはない。
私の世代は何もかもが無い。
あったことを知っている人に語られるだけ。
素敵でしたねと頷きながら聴いているだけ。
あったことを知っている人は、あたかもそれを自分がやったように言う。
知らないのが可哀想なら何故壊したのだ。
いつでもそうだ。
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「30分で決めよう」
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不動産屋さんはすぐに見つけられる。
部屋を見る気は初めからない。
せめてそれくらいの運は自分でも信じたい。
新しい街を信じてみたい。
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駅前のロータリーは自分の行くべき道をきちんと整理されているように自動車が急いでいる。
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石塚陽子はドアを開けた。
「こんにちは。
あの、私は部屋を探しています。
この国立で探しています。
理由は二つあります。
ひとつは、今住んでいる祐天寺よりもお家賃を低く設定して暮らさなければならなくなったのです。
私はまだ東京を離れるには早すぎるのです。
もうひとつは、私の尊敬する女性がこの街に住んでいます。その方は社長をしています。そしてその方の近くに居たいのです。
あっ、まだその人とは面識はないのですが」
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一人で店番をしている年配の女性はいきなり入ってきた珍妙な客に少しだけ呆気にとられているようだ。
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(60代かしら。 大丈夫。このまま進めよう)
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「条件は二つあります。
窓を開けたら風の吹くお部屋。
風が好きなんです。
もうひとつは、そこから子どもたちの声が聞こえてくるお部屋。
私、子どもが好きなんです。
あっ、私もまだ子どもみたいなものですが」
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お店の女性は吹き出した。
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「私もここの社長なの。
尊敬してもらえるのかしら。
その条件は簡単ではない。
けれど難しくはないかも知れない。
ようこそ国立へ。
ここに座って。
これから事務的なことをお話ししてもいいかしら。
新しい街に住むには事務的なお話も大切なの。
ちょっとの時間よ。我慢できるかしら、不思議ちゃん。
そして、よければそのドアを閉めていただけないかしら」
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風が吹いている。
そう言えば、ここに来る間すこし遠くに並木道が見えた。
気が急いていて見つめる余裕がなかったがたぶん銀杏だ。
綺麗な濃い緑色だった。
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私はこの街をまだ知らない。
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つづく
< 書いている人 >
千野龍也
「国立はもしかしたらハードボイルドが似合う街なのではないか。
この度、そんな仮説を国立ハッピースポットさんに掌編で書かせていただけることになりました。
5?6人ほどの世代の違う女性が肩で風を切って国立を歩きます。
果たして、その仮説は正しいのか。
月に一度、とても短い一話完結の仮説です。
笑って読んでいただければ幸いです。」
毎月15日に更新予定です。
どうぞお楽しみに。
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