【連載】ＷＥＢ小説　きっびす（10）

　　　「林道」 　　　　　木佐悠弛


　小雨がちらついてきた。
リュックの中から折り畳み傘を取り出す。
お気に入りの星型の傘を開いた。
どこかプラネタリウムの中にいるようで気分が盛り上がる。
　風にゆれて、さらさらと林道の葉が鳴いている。
絹糸のように降り出した雨の軌跡が、
清らかなこの道の雰囲気とよく合っているとわたしは思った。

　一人旅というものを初めてしている。
新しい一歩を踏み出すまでは勇気が要ったが、
いざ見慣れない土地に降り立ってみると、心はまちに溶け込んでいく。
　人生の岐路に立った、というほどのことはないけれど、
自然の中で、これまでとは異なる自分に出会ってみたいと思ってやってきた。
いや、そんなに大げさなものではないかもしれないけれど。


　長い長い林道には大小様々な石が転がっている。
ふだん平坦な道ばかり歩いているせいで、足元がおぼつかない。
すれ違う年輩の旅行者たちは、軽々と歩いているように見える。
わたしのほうが、体力がない。なんだか情けなく思えてくる。
もう十一月だというのに、決して気温が低くない。
寒くもなく、もちろん暑いということもなく、歩きやすいのが救いだ。
少し雨でぬかるんできた道を歩いていたから、
新調したスニーカーはもう汚れはじめている。
これも旅の思い出だと思うことにした。


歩き続けていると、大きな鳥居がそびえ立っているのが見えてきた。
緑の風景の中に、真っ赤なそれが映えている。
動くはずなんてないのに、迫ってくるように感じた。
前方を歩いていた人が鳥居の前で一礼している。
そうか、こうやってくぐるんだ。
神社に関する決まり事について疎いわたしは、妙に感心してしまった。
近づいていくと、いよいよその大きさを体感する。
鳥居のこちらと向こう側では違う世界が広がっているような気がして、
急に不思議な感覚になる。
先ほどの人にならって、わたしも立ち止まり、頭を下げる。
頭を上げると、気持ちが静まった。


鳥居を抜ける。
その途端、空気の流れが変わったと確かに感じた。
向こう側の世界へやってきたのだろうか。
そこに何があるのかわからない。
過去のわたしは鳥居の手前に置いてきて、
現在から未来のわたしはこの先にいる。
時空を超える装置のようにも思え、前方に待ち受けている
未知の世界が待ち遠しくなってくる。
緑はささやくように今もゆれている。
いつのまにか、木々の隙間から光が射していた。
なるほど、人生を旅に例えた人の気持ちがわかる、とわたしは思いながら、
また一歩を踏み出していく。